ウスケバ・ロゴ ウスケバ・ロゴ ウイスキー造りに欠かすことの出来ない「水」そして「樹」。自然の力が生み出す「生命の水」。

2008年04月26日

ダブルマチュワード-Port5

第三章 Third Order サード・オーダー



待ち合わせまで、まだ少しある。

「甘口のポートをお願いできますか?」

遠藤さんは、にっこりと微笑んで、細く長い脚が色っぽいリーデルで出してくれた。

「グラハムのトゥニー・ポートです。そのフォワグラのソース、ポートを使ってるって
わかられたんですね。さすがです。」

「え、そうなんですね。偶然かも。」

なんとなく、フォワグラにはシャンパンか甘口のお酒というセオリーが身についていた。
この3年と9ヶ月の月日の中で、彼にはいろいろなことを教わった。

「フォワグラ自体もポートに漬け込んでありますので、とてもよく合うと思いますよ。」

彼女の親切な補足に続けて、今夜このバーで初めて会話らしい会話をしていた。
店内が賑やかになって少しだけ音も上がり、話をしやすくなっていたのもある。
一言だけ会話を交わした男性にも待ち人が到着して、仕事の話に熱中しているようだし、
反対側に座っているカップルは二人だけの世界にいたので都合がよかった。

「遠藤さんって、私と同い年くらいでしたよね。」
「そうですね。さやかさんの方がきっとお若く見えると思いますけど。」
「唐突ですけど・・・、今、恋、してますか?」
「そうですねぇ、今のところ、お酒・・・にですね。」
「お仕事、お好きなんですね。見ていても、そんな感じがします。素敵ですね。」
「今はこれだけで精一杯なのかもしれません。でも、いい人がいたらすぐにでも・・・。」

私たちは目くばせして静かに笑う。

「・・・私ね、4月からロンドンに行くかもしれないんです。おととい、上司に言われて。
まだ正式には返事してないんです。実は、なんとなくの流れで申請してただけなので。」

「すごいじゃないですか。海外勤務、それもロンドンなんて。」

「そんなかっこいいものじゃないんですよ。入社5年目のブラッシュアップのための研修制度
みたいなのがあって。でもまさか、私が?って感じなんです。英会話だけはがんばってて、
社内のTOEICスコアが、この1年で急に伸びたので、それでかなぁ・・・。」

「でも、チャンスですね。いろんな経験もできそうですし。どのくらい行かれるんですか?」

「1年です。」

「そうなんですね。竹原さん、寂しがってるでしょう。」

彼とは何度かここに来ている。遠藤さんとも仲良くなって、とても気が合う。
二人の話があまりにも盛り上がるので、時々はやきもちを焼いてしまうくらいに。

「・・・まだ、話してないんです。このこと。話したら、寂しがってくれるかなぁ・・・。」

「寂しいに決まってるじゃないですか。1年も離れて暮らすなんて。」

「今でも、離れてますから・・・。」

ちょっと困った顔をされたので我に帰り、申し訳ない気持ちになって違う話題を考えた。
丁度そのタイミングで、遠藤さんが他のスタッフに呼ばれたので、少しほっとした。
視線を落とすと、左手の中指に光る小さいルビーが、美しいポートに寄り添うようにしている。

「店員さんにすすめられてさ。『ピジョン・ブラッド』っていう種類らしいんだ。」

そう言って彼が、付き合い始めて最初の私の誕生日にくれた指輪だった。
誕生石がルビーって、どうしてわかったんだろう。
その時は、ただ嬉しくて、そんなこと聞く必要もなかった。

二つの赤の輝きがあまりにも綺麗なので、私は窓から見えない月を探した。  

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2008年04月26日

ダブルマチュワード-Sherry5

第三章 Third Order サードオーダー



時間は8時半を回っていた。まだセリフが決まらなかった。
三杯目のオーダーを悩んでいた。
「アマレットでもいきますか?」
友達以上恋人未満か
マスターの後押しに乗った。
「ゴットマザーでお願いします。」
彼女と付き合いだしてから自分がより優しくなれた気がした。
元々、気性の荒いほうではない。妹がわがままだったせいもありそれに付き合ってきた僕は、
優しいだの面倒見がいいだの言われていた。
感情表現が下手は彼女には、よく振りまされた。
おっとりしている様だが以外にズバッと意見をいってみたり、やたらと甘えたりする時があった。

彼女は左利きだった。だからいつも座る位置は僕が右、彼女が左。
歩く時もそうだった。
左利きの当たり前の行動らしいが、実は支配欲の現われだと本で読んだ事があった。
「来週はロンドンだから、帰ったら連絡するよ」
「いいなぁ、ロンドンって。帰ってきたら例のバーに行こうね。それと、またツアー客に手をつけちゃダメだからね」
「そんな事はしないよ」
「うそだね、私に手つけたくせに」
いつものツアー前の会話だった。
銀座の「オープナー」のバーテンダーが独立した。
彼とは僕が飲みだした頃からの付き合いなのでオープンには顔を出すつもりだった。
場所は西麻布、店の名前は「エンドスケープ」

「ごめん、仕事片付かなくて遅くなりそうなの。先に行ってて」
「わかった、先に行ってるよ」
最近は彼女に待ちぼうけを食うことが多くなっていた。
彼女は大手のコンピューター会社のインストラクターをやっている。結構仕事は出来る様だった。
西麻布の交差点を少し行った所にそのバーはあった。
入り口には多くのお祝いの花が飾られていた。
「いらっしゃいませ。竹原さんようこそ」
店内は賑っていた。シックな家具が印象的だった。新店なのに何だか時を重ねたような雰囲気があった。
「いい店造ったね。おめでとう」
「ありがとうございます。席空けてますからどうぞ」
「ごめん、彼女ちょと遅れてくるから」
「さやかちゃん忙しい見たいですね」
リザーブと書かれた札が置かれた席に座った。
「では、ウエルカムシャンパンでも」
「ごめん、シャンパンは彼女が来てからで・・・」
彼女の好きなシャンパンを先に飲むと怒られる気がして、ジンリッキーを注文した。

一時間ほどして彼女が現れた。
「ごめんなさい。遅くなって」
「お疲れ様」
彼女は来て早々に仕事の愚痴を言い始めた。
僕はギムレットを注文した。
ひとしきり喋った事で気が納まったのだろうか?
「で、ロンドンはどうだったの?」
「さすがに寒かったよ。」
「エールいっぱい飲んできたんでしょう」
わがままと甘えたの両面が行き来する
「また、行きたいなぁ。」
10日ぶりに逢った彼女はそれでも何だか大人になっている気がした。
それからしばらくして、僕は渋谷に移動になったこともあり、「エンドスケープ」には来る事が多くなっていた。
  

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2008年04月20日

ダブルマチュワード-Port4

DOUBLE MATURED - PORT

第二章 Second Order セカンド・オーダー



銀座の夜は、如月の寒さを厭わない。
カウンターは少しずつ埋まっていった。
私は、ハード・シェーキングの音に紛れるピアノを探しながら、
彼と出会うことになったツアーのことを思い出していた。

参加者の高橋さんはとても優しく、ひとりで参加した私のことを気遣ってくれた。
そんな高橋さんご夫婦に、パリでの自由時間に一緒に買い物に行こうと誘われた。
ツアーコンダクターである彼の案内で。

「ご一緒させてもらってもよろしいですか?」

かなり勇気を出して申し出たつもりだったけど、彼には不思議と自然にそれが言えた。

パリでの買い物は楽しい。
高橋さんみたいにたくさんは買えなかったけど、お気に入りのブランドの
まだ日本では発売になっていない新作を手に入れることができた。

旅の途中から、徐々にうちとけていく自分がいた。
ロックグラスの丸い氷が、少しずつ解けて、ウイスキーと調和し、
柔らかく、それでいて媚びない芳香を放っていくかのように。

-愛した人を忘れるため?

ルーブルや凱旋門を前にすると、そんな旅の目的が、とるに足らないものに思えていた。

何に固執していたんだろう。
何を受け止められなかったんだろう。
何から逃げ出したかったんだろう。

事実は一瞬の現実か、過去のものでしかなく、
過ぎてしまったことをどうすることもできないのに。

消化していく時間を、
流れに身を任せる術を、
永遠に続くであろう秒針に紛れる日常に、見い出せないでいただけなのかもしれない。

サンジェルマンの老舗のバーで、彼と過ごしたひとときがついさっきのことのように思えていた。
私たちは、日本から遥か遠くの異国の地で、
数え切れないほどのシーンを見てきたであろうバーの空気に抱かれて、時を忘れた。

シャンパンで乾杯した。そのときにテタンジェというメゾンがあることを知った。
『フレンチ75』というカクテルを初めて飲んだ。
お互いのことをたくさん話した。
可能性という、なんだか空想みたいな未来の話もした。
少し酔っていたのもあってか、私は珍しく自分のことも語った。
そのバーでの全てが新しい発見で、私を嬉しくさせた。

唯一、あと少しで旅が終ってしまうというシナリオだけが、私を寂しくさせていた。
帰国して、彼とつきあうことになるなんて、その時は思いもしなかったけど
今思うと、なんとなくその時にはもう、そんな予感がしていたのかもしれない。

自惚れていたわけじゃない。
ときに、異なる個性と個性が何かの偶然で出会い、惹かれあって、別のきらめきを生む。
まれに、明確で論理的な根拠など無いときもある。
あるバーテンダーさんが言っていた。オリジナルカクテルが一瞬の閃きで生まれることもあると。
そして、たまに失敗することもあるんですと、それはおそらく謙遜だったのだとは思うけど
肩をすくめて付け加えていたのを思い出す。

それだから出会いは素晴らしく、そして儚いのかもしれない。

21時を回った夜空の見えるバーはいつの間にか賑やかになっていて
それぞれのテーブルに、淑女の纏う香水の上質な香りが漂っていた。

私にも好きな香りがあった。
「トレゾァ」という名前の、「宝物」を意味する思い出の香り。
廃盤になってから手に入らないと思っていたゴージャスなオレンジの瓶を、
彼が見つけてきてくれた。彼との思い出のほとんどは、「トレゾァ」とともにあった。

香りは記憶に残りやすい。よい時もあり、そうでない時もあることを知っている。

  

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2008年04月20日

ダブルマチュワード-Sherry4

第二章 Second Order セカンド・オーダー



テールスープから立ち上る湯気を見ていた。
32歳の男が緊張している。今日一日ずっとだった。
バルベニーを口にして、タバコに火をつけた。
彼女に逢ってから言う言葉を選んでいた。
一般的は言葉にするか、それとも少しかっこつけた言い回しにするか。悩みは尽きなかった。
テールスープはここの名物だった。しっかり時間をかけて煮込んである。
あせらずゆっくりとだ。
寒い季節には身も心も温まるスープだった。

「皆さんお疲れ様でした。家に着くまで気をつけてくださいね。今後も当ツーリストを
よろしくお願いします」
無事に成田に帰ってきた。大きなトラブルもなくホッとしていた。
「竹原さんありがとうございました。楽しい旅行になりました。」
高橋夫人が温かい言葉をかけてくれた。
「一度、食事にでも行きましょう。さやかちゃんも一緒にね」
「ハイ、喜んで。旅行中はありがとうございました。必ず連絡しますね」
高橋夫妻と彼女は随分と仲良くなっていた。
「竹原さん、映画の約束忘れなでくださいね。」
「了解です。電話させてもらいます。」

その時はよくある光景だと思っていた。
ツアーで何日も一緒に行動するとある種の連帯感が生まれ、別れ際にこういう会話になる事がよくある。
しかし、今回のツアーは高橋夫妻と彼女のおかげで随分楽しめたのは事実だった。
成田から会社に戻り、報告をした後、僕は家路についた。
時差ぼけは何回行っても慣れないものだった。
翌日、メールの着信音で目を覚ました。

「おはようございます。時差ぼけは大丈夫ですか?私は元気に出社しています。
映画の約束ですが、来週あたりどうですか?都合を教えてくださいね。
今日も元気に頑張りましょう。   さやか」
以外と女の子らしいメールに驚いた。
僕は返信した。
「お疲れ出てないですか?私はお休みです。早速出勤ご苦労様です。
映画の件ですが、当分添乗がないのでいつでもOKです。銀座あたりなら仕事終わりでも行けそうなので
金曜日あたりどうですか?   竹原正孝」
彼女からの返信は驚くほど早かった。
金曜日、マリオン前で18時半だった。
何だかワクワクした気持ちになった。

5つ下の彼女は、僕から見れば妹のような存在かもしれない。
でも、何だか違う感覚だった。感情表現が下手なように見える彼女だが時折見せる笑顔が温かく思えた。
子どもの様な所と高級ブランド好きという今時の女性の両面を持っている。
興味をそそられる存在だった。
金曜日、お気に入りのネクタイをしめて出勤した。
朝から仕事を精力的に片付けた。今日は残業だけはしたくなかった。
6時ジャストに走るように会社を出た。
さすがに、金曜日という事もあり街はかなり賑っていた。
待ち合わせの10分前にマリオンの前に着いた。
僕はわかりやすいであろう場所を探してそこで待った。
女性と映画に行くのは久しぶりだった。
映画は空いた時間に一人で行くものといつの間にか決めていた。
「ごめんなさい、待ちました」
そこに立っていたのは、ツアーの時は違う大人びた感じの彼女だった。
「今来た所ですよ。それにまだ時間前です。」
選んだ映画は「いま、会いにゆきます」だった。
話題の作品だった事もあってか、かなり込み合っていた。
映画終盤は涙の洪水だった。
「泣きすぎですよ、竹原さん。」
彼女は笑いを隠すように言った
「ごめんね。でも鈴木さんもけっこうでしたよ」

二人の会話は途切れる事は無かった。
並木通りのビルの3階にある創作和食の店に行った。
映画の話やロンドンやフランスでの話しで盛り上がった。
終電までには少し時間があったので一軒飲みに行く事になった。

学生時代から行き着けのバー「オープナー」に足を向けた。
細い階段を地下へと下りるとガラス張りの扉を開けた。
「いっらしゃいませ」
キリッとしたベスト姿のバーテンダー達が一斉にこちらを向いた。
「いい店ですね」
彼女は子供のように店内を見回していた。
「銀座にしてはリーズナブルで、居心地のいい店ですよ」
僕はハイボールを注文し、彼女はお任せのカクテルを注文した。
不思議なくらい彼女と一緒に居る事が自然に思えた。
僕は彼女と呼べる女性がいつからいないのだろう?
大学を卒業した後、アパレルに就職したが先輩に誘われて今の会社に移って3年になる。
考えれば、今の会社になってから居ない様な気がする。
どうしても、添乗で不規則になる事も多くなかなか相手のスケジュールも合いにくい。
それを居ない理由にしている気もしないではないが、仕事が楽しくそれ所ではなかった感もある。
僕達の前には小さな泡を立てたグラスと大ぶりのカクテルグラスが置かれた。
「へぇ~ゴルフやってたの、僕はそっちはからっきしダメです」
「会社に入ってからはあまり行けてないですけどね」
話するたびに見た目のイメージと違う彼女が見れて、ある意味惹かれていく自分を抑制する事が
出来なかった。
残ったハイボールを飲み干した時、彼女も一杯目のフルーツマティーニを飲みほした。
「もう一杯飲んで帰りましょうか?」
「じゃぁ、私オロロソでしめます。」
「鈴木さんって本当にお酒強いね。」
彼女は照れ隠しに僕の左の二の腕を軽く押した。
終電の時間を気にしつつも、もう少し彼女と居たいと思う気持ちが強くなっていた。
お互い、お酒が入ったせいもあったのだろうか、自分の事を色々話した。
「そろそろ行きましょうか」
「そですね」
何だか彼女が残念そうに見えたのは僕の勘違いだろうか?
駅に向かう道すがら、だんだん淋しくなっていく自分を感じていた。
街は金曜の夜、まだまだ人は多かった。
「今日は本当に楽しかったです。ごちそうさまです。」
「いえいえ、こちらこそいい夜でした。」
お互いが突っ立ったままだった。
「鈴木さん、また、逢えますか」
「もちろんです。ただ、鈴木さんって言うのはやめてください。さやかでお願いします。」
はずかしそうな彼女が愛しく思えた。
「いきなりだけど、付き合ってもらえたりはしますか?」
「もっとはっきり言ってください」
強い眼差しだった。
「好きになりました。付き合ってください。」
28歳でこんな告白するとは思わなかった。でも、彼女がそうさせた。
彼女の表情が一瞬明るくなった
「ハイ!」
この笑顔は僕の宝物になった。  

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2008年04月14日

錆びた釘-2

「錆びた釘」

3章


随分長いことシャワーに打たれていたようだ。時間は朝10時

バスタオルで豪快に髪の毛を乾かし、妙にお腹が空いていることに気づき、冷凍庫に常備しているうどんを取り出した。冷凍庫には財布が入っていた。

携帯を見ると、何も音沙汰はない。

恋人としての使命が私にはあったが、それ以前に社会人としての使命を果たすべく、私は仕事の準備をした。しかかって、今日が休みだと気づく。

「神様・・」

なんという間のよさであろう、と思い、神の名を呼んだ。

ということは、私は明日には社会的責務を再び果たそうとしだすことを暗示している。 明日も果たさないつもりだとしたら、この間のよさには何一つ意味がないからだ。

しかし、そもそも昨夜これだけ飲みすぎたのはあらかじめ今日が休みであるということをどこかで認識していたからである。

だとすれば、神様は実は何もしてくれていない。 神よ、貴方に感謝した数秒を返せ。 などと考える私は、昨夜共有するはずだった時間を一人で過ごした事になったあの時間を返せなどと恋人に言ってしまいそうで云々。ここではそう関係ない。


明日気持ちよく仕事に行くには、なんとかして恋人と連絡を取ることが重要だ。

私は昨日から打って変わって、積極的になった。ここがBarでなく、自宅だからだ。しかし状況はなにひとつ変っていないのである。

一応、個人としての責任を果たすべく、私は本屋に行く支度をした。なんのことはない、ただ漫画を買うだけである。

予報どおりの雨。道中、あーだこーだと、恋人に会う為の作戦を練っていたが、これと言った案がなく、ファミリーレストランでランチを済ませ、帰宅した。

自宅のTVの上に携帯電話があり、近代社会が生んだ、最高の通信手段をいざ最も大事な人を探そうとしているこの状況において、数時間に渡り放置するという愚行を行った自分を恥じた。

新着メールが一件と表示されている。

「新米と漬物を送ります 母」

という内容だった。色々と思うところがあるタイミングではあったが・・とその時、再びメールを受信した。


「昨日はごめん。今日、会えるかな?」

という内容だった。

「心配したよ。話はあとで聞く。昨日のBarで待ってます。」

という内容のメールをすぐさま返信した。


4章


Barにはまたも私が先に着いた。当たり前だ。約束の時間の1時間も前に来たのだから。

Mr.ボンバーは今日も本を読んでいる。まだ来たばかりなのか、ビールだ。

10分程して、扉が開いた。

昨日と同じ理由で、振り向かず背中で気配を探る。探り終える前に気配は私の隣に腰掛けた。

「昨日はごめんなさい」

社会人である私には十分過ぎるほど簡潔な言葉だったが、よく、意味がわからなかった。

振り向くと、手には包帯が巻かれていた。

「どうしたの?」

これも最も簡潔な言葉のひとつである。”なぜ、昨日来なかったの”とも”その怪我、どうしたの”とも取れる。どちらしても、包帯を巻くことになってしまった経緯が両方の解答になるであろう。


「ちょっと・・」

これは簡潔でない。

「ちょっと・・なに?」

簡潔だ。

「怪我しちゃって・・」

「見ればわかる。」

・・・

・・・・

「転んだだけ・・・」

「・・・」

私は決して簡潔さを求めているわけではない。事実が知りたいだけなのである。その事がわからないような人間ではないし、渋るということは何かしら言いづらいことがあるのだろう。どちらにしても、ここは酒場だ。まずは酒を。

今日はシャンパン、という感じではなかった。

「グラスワインを2つ。」

「いいえ、私はラスティネイルが飲みたいです。」

・・・ラスティネイル?昨日飲んだカクテルだ。ここはタリスカーがベースだったな。

「いいね。ごめんなさい、やっぱり私にもラスティネイルを・・」


昨日同様、手早くタリスカーとドランブイをグラスにそそ・・(あ、少し零した)ぎ、2人の前に並んだ。

「ここはタリスカーがベースなんだ・・」

ここのスタッフゥは耳にタコが出来るほどにこのフレーズを聞いたことだろう。

グラスを傾け、沈黙。Mr.ボンバーは本の内容が面白かったのか、ふふっと笑った。グラッパを飲んでいる。


「ラスティネイルって、どんな意味か知ってる?」

問われた。

確か・・・錆びた釘。

「私たちの関係は、これでいいのかな。いいえ、悪いことはないんだけど。私たちはいつも気を張って、気を使って、相手の事を信頼しすぎて・・・」


ドキッとした

「何がいいたい?」

なるべく柔らかく言った。

沈黙

・・・

「ラスティネイル、もう一杯ずつお願いします」

沈黙を破った言葉はこれだった。

・・・

少し、二ガ甘く感じた。

「この怪我、ただ転んだだけ。ほんとに。」

なんと間の悪い怪我だと思いながら話の続きを聞いた。


「錆びた釘。だなんて、例えが良くなかったね。」

「でも、思うんだ。私たちは少し距離を置いた方がいいんじゃなイカナッテ。」

「ソッチノホウガ、オタガイノタメニモ・・」


「・・・・・・・・」

途中から何を言ってるかわからなくなった。原因は?いや、理由は?錆びた?錆びてないじゃないか。いや、それは例えが悪かったと否定している。

「わかった」

精一杯搾り出した言葉がこれだった。人間、こういう時は絶望なまでに簡潔だ。

・・・

「もう一杯だけ飲んで帰ろうか」

もう、言われるがままだ。

恋人との最後に相応しいものなんて頼む気力はもはや無かった。そもそも、隣に座っている人物は、今現在において恋人なのだろうか?線引きも曖昧だ。



「あちらさんに、タリスカーと、ドランブイを」

なにか声が聞こえた。聞きなれない声だ。


スタッフゥは何かを察したように、ショットグラスに2つの酒を注いだ。

そして、私たちの目の前に差し出した。


「俺のおごりだよ。」

聞きなれない声はMr.ボンバリズムだった。

この深刻な状況に、「わ~ありがとうございますっ!」などと言えるはずもなく、ただ頭を下げ、貰った。


ボンバリズムは、また本を読んでいる。

本を読みながらぶつくさと言った。

「おっかしいよなぁ~、ウイスキーとドランブイで”錆びた釘”なんて」

「???」「???」

「”生命の水”と"満足すべき飲み物”だろう?錆びねーよそんなの」


それ以上、言葉は必要なかった。というよりも、言葉は、存在しなかった。


ちらっと隣の席を見ると、涙を浮かべ、申し訳なさそうな顔をしている、私にとって最も曖昧な存在。

「とても美味しい。タリスカーも、ドランブイも・・ラスティネイルも・・」


「もしかしたら、私たちも1個人と1個人でなく、2人でひとつの、カクテルのような存在になれるかな。それとも、本当に”錆びた釘”になっちゃうかな・・」


「・・・それは、わからないね。でも、陳腐な言い回しになるけど、やってみなきゃ、始まらない、かな。」


「・・・」





「あさって、診察に行くんだけど、一緒に来てくれる?」


「子供じゃないんだから、でも、行くよ。」


「来週は、本屋に行きたいんだけど、付き合ってくれる?」


「今日行ったところだけど、来週も行きたいな」


「今日が昨日でもいい?」


「都合が良すぎるけど、過去のことだしいいんじゃないかな」


と言って恋人同士は笑った。

爆発頭は、寝ていた。




「距離を置くんじゃなくて、距離を縮めよう。これから、少しずつ・・。」



2人は無言で頷く。




「じゃあ最後はせっかくだからボトルシャンパンを開けようか。そうだね、ヴーヴ・クリコがいいかな。」

「いいね、でも早速”未亡人”は嫌だよ。レコルタン・マニュピュランで選んで貰おう。」





ポンッ!!



シャンパンを開ける音が・・・店内に響き渡った







その音で、ボンバー紳士は、ビクっとした。








FIN
  

2008年04月14日

錆びた釘-1

「錆びた釘」








1章


朝起きると、頭の端に軽い鈍痛があった。

軽い二日酔いである。

二日酔いごとき、よくあることなのだが、今日の私は無性に嫌気がさした。

吐き気は酔いからくるものではないと確信した。

遮光カーテンの隙間から漏れる朝日から逃げる為、私はベッドから這い出た。そこで、スーツを着たまま寝ていたことに気づき、更に反吐が出そうになった。

「シャワーを浴びよう」

そう思って、冷蔵庫からペットボトルの緑茶を取り出し、風呂場に向かった(この時、冷蔵庫の中に昨夜履いていたと思われる靴が入っていたが、死にたくなるので、視なかったことにした)。

熱いシャワーを浴びながら、昨夜の事を思い出していた




2章



2人の待ち合わせは、決まって初めて行くBarだ。

2人は馴れ合う事が嫌いだ。だから、始まりはある程度の緊張感が欲しい。

BarCLANNAD。聞いたこともない。大丈夫か?いや、それでいいのだ。

客は、奇抜な髪型をした(世間ではアフロと呼ぶ)若者が1人いるだけだ。読書をしながらボトラーズのウイスキーを飲んでいる。どんな店だ?

「お一人さまですか?」

スタッフゥにそう尋ねられ、

「もうすぐ一人来ます」

と答えておいてカウンターの真ん中に座った。端には例の若者がいるので、逆端に座るのは気が引ける。

本当は、喉が枯渇しきっていてビールが飲みたくて仕方がないのだが、ここでも私は緊張感が欲しいが為にワインクーラーに冷えるグラスシャンパンをオーダーした。

見たことがない銘柄だ。味は好みのタイプである。

「雲行きが怪しいですね。」

などと、凡そ初めて会う人間同士には全く意味のない会話を振られ

「明日は雨らしいですからね。この様子じゃあ今夜も。」

などと思わず答えてしまった。

全く意味のない会話だが、必要性はあった。何故なら、ここでの天気の話は”話すことがない”からするのだ。

”話すことがない”のなら、”話さなければいい”わけである。

しかし敢えて天気の話をすることに・・・くどいので省く。


腕時計の針は、8と9の間を指している。20時に待ち合わせの予定だったがまだ来ていないということは、仕事が終わっていないのか、交通の不具合か・・もしくはもっと違う何かか・・

どちらにしても、今ここにいないことだけは確かである。心配な気持ちがないとは言い切れないが、心配しても対象が目の前にいないのだから、意味のないことだ。

電話をするという極近代的な手段もあるが、相手から電話がないのだから、これも得策ではない。

今私に出来ることは、待つ。且つ、飲む。これが2人の信頼関係、更には初めて来たこのBarとの信頼関係を損なわない唯一の手段だ。

こんな事ばかり考える自分に、つくづく嫌気が差す。

2杯目は、グレンリベット・ナデューラ。3杯目はアードベッグ・ベリーヤングをオーダーした。これには全く意味がない。あるとすれば、”飲みたいから飲む”という原始的なものだ。

アードベッグを飲み干した頃、店の扉が開いた。

扉が開く度にそれを振り返り、確認するのは少し格好つかない気がし、背中で気配を辿ると、どうやらキョロキョロと辺りを見回しているようである。

スタッフゥが一瞬目配せをし、

「お待ち合わせですか」

と尋ねる。と同時に

「あ~、いた~っ」

と読書青年の隣に座る。女だ。

私は”客は2人しかいない上に、ボンバーヘッドの男を探すのがそんなに難しいか!”と突っ込みを入れたくなったが、待ち人が来ない自分への哀れみだと気づき、飲み込んだ。

女はラスティネイルをオーダーする。なかなか渋いじゃないか。

ベースにはタリスカーを使っている。

「タリスカーを使うんですか?」

などとその女も言っている。ボンバーヘッドは、会った時こそ愛想良く笑っていたが、喋ってはいない。また本を読んでいる。

小粋なのかどうなのかよくわからないシチュエーションに戸惑う。私は普通に酒を楽しんでいる。と思う。

どうしても、私もラスティネイルが飲みたくなった。しかし如何せんタイミングが悪い。

「それ、美味しそうですね。私も飲んでみたいです」

と言ってみた。


快くスタッフゥはラスティネイルを造ってくれた。材料はまだカウンターの上に並んでいたので、流石に手早かった。

確かに美味しい。 

「お一人なんですか?」

女が喋っている。誰に?私か。

ボンバーヘッドは、何やらグラッパを飲んでいる。

「ええ、今のところ。」

何時間も待っていることが少し恥ずかしくなったのだろうか?いや、そんなことはない。ただ、”人を待っているが、なかなか来ない”と言って赤の他人に心配されるケースを懸念しただけである。

女が何やら色々話しかけてくる。どうやら、女とボンバーヘッドは待ち合わせなどではなく、単なる店の馴染み客のようだ。私も、答える。楽しくなくはない。否、それでも何かが紛れる程度に。

気づいたら日付が変わりそうだ。なんということだ。小一時間に渡り、ラスティネイルの溶けた氷以外、何も飲まずこの女と会話していたということか。さり気に冷たい紅茶は出てはいるが。

ボンバーヘッドは・・・寝ている。

「ここは何時までですか?」

と尋ねた。実は返事はどうでもよかった。それにしても、これだけ待って何一つ連絡もないということは・・

差し込むような不安がよぎる。

流石に店の外に出て携帯電話で電話をかけた。コール音が、黒柳徹子のトークで、何故か苛付いた。
。理由は明確だが・・・。そして留守電。今度は外人か。

私はカウンターに戻り、少し決意をして、ボルドーのワインをボトルで開け、差支えがなさそうなので、スタッフゥにも一杯飲んでもらった。

”連絡が付かない以上、ここで待ち続けない事には、なにも始まらない。携帯電話を無くし、その上何らかのトラブルにあって身動きが取れないことも考えうる。ここでしか会えることはない。”

と考えたかったが、この件については、私の、いかなる意味でも全く完全に哲学的ではない、美的且つ私的判断だった。


扉が開く。4人組のようだ。テーブル席に案内されている。

4人は思い思いの酒をオーダーしている。ジントニック、サイドカー、水割り・・・一人はグレープフルーツジュースだ。

・・・

”グレープフルーツジュース”と端整な身のこなしの男がオーダーした瞬間、ボンバーマンが、”ビクッ”として起きたが、これも無視した。

さっきまで話していた女は、なにやらぼーっとしている。と思ったら、

「マンゴーのカクテル!」

と勢い良くオーダーをした。

この間に更に30分が過ぎている。

もうかれこれ4時間程待っていることになる。感じてはいないが。

間が持たないから、黒板に、「珍味!たこうに!」とこの店にしては珍しくやる気(主にビックリマークだが)がにじみ出たメニューがあったので、オーダーした。うまかったが、ワインには糞ほども合わなかった。

更に時間が経ち、私はワインを一本空けてしまった。そして、かなり酔っていた。ボンバー野郎と同じリズムで揺れていた。

丁度一応の閉店時間。まだ他の客はいるが、もう帰ることにした。

店を待ち合わせで使うのなら、営業時間内でないと意味を成さないからだ。これも私の美的判断だが。


それから、どうやって一人暮らしのアパートに帰ったのかは覚えていない。

つづく



  

2008年04月14日

ゲスト・ノベリストご紹介

ウスケバでは「若造酒記」というタイトルでブログを書いておられる
DEKACHOさまより、ハイレベルな小説を寄稿していただきました!

ぜひぜひご覧いただきますよう、ここにご紹介させていただきます。

タイトルは「錆びた釘」。
そうですね、あのカクテルを訳すとこうなります。
果たしてストーリーは!?

全4章、本日二回に渡りアップさせていただきます。
ではでは、ごゆっくりお楽しみください。(^-^)/


管理人 PINOKO

  

2008年04月12日

ダブルマチュワード-Port3

第二章 Second Order セカンド・オーダー



シャンパンを飲み干し、次のオーダーに迷っていると
遠藤さんがメニューを差し出してくれた。

美しいピンク色をしたサーモンのマリネを、濃厚なクリームとともにいただいた後のプレートには
まだ、丁度いいサイズのハモン・セラーノとフォワグラのテリーヌが並んでいる。

「この生ハムに合いそうなものを。」
「かしこまりました。では、こちらはいかがでしょうか。おすすめのアモンティリャードです。」
「いいですね。」

シェリーはいくつかの種類を飲んだことがあったが、そのボトルは初めてだった。
シンプルなラベルには『NPU』の文字。

「この『NPU』って、どういう意味なんですか?」
「極地っていう意味なんです。『最高の状態』ということですね。
『Non Plus Ultra』の頭文字をとって。」
「素敵な名前ですね。」

その名のイメージもあってか、今まで飲んだどのアモンティリャードよりも数段美味しく思えた。
ハモン・セラーノとの相性も抜群だった。

皮肉にも、この「最高の状態」という名のシェリーを飲んでいる私の心は
「最高の状態」とは言えなかった。むしろ「最悪」・・・。

再度無口になる私を、遠藤さんは少し離れたところで見守ってくれていた。

この後、23時に、西麻布のバーで、彼と会って何をどういう風に伝えたらいいのか、混乱している。
彼との4年足らずの毎日は、とても穏やかで、暖かく、かけがえのないものだった。

気がつくと、美しいエラの歌声が、キース・ジャレットのピアノに変わっていた。

-『The Melody at Night with You』

彼との思い出が、とめどなくあふれる。
過保護の一人っ子に育った私を、いつも広い心で受け止めてくれた。
彼とつきあい始めて、嫉妬という感情が自然に生まれることを知った。
彼のおかげで、笑顔と涙の回数が増えた。
優等生のレッテルを気にして、無理をしていた過去から開放された。

私が、私らしくいられる場所がそこにあった。

そのどのシーンも、『NPU』という表現に相応しいはず。
すれ違いが生んだ、寂しさというリアルに目を瞑ることができるなら。  

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2008年04月12日

ダブルマチュワード-Sherry3

第2章 Second Order セカンドオーダー



二杯目にバルベニー12年を注文した。
何かお腹に入れようと思ったが、あまり食欲もなく迷った末にテールスープを頼んだ。

「ダブルマチュワードですか?シェリーとポートの様な関係になれたらいいですね」

マスターはそう言うと綺麗にカットされた氷が入った琥珀色に輝くグラスを差し出した。
ダブルマチュワード、熟成の最後に違う樽で寝かせるお酒の作り方。
複雑に絡み合う最初の樽の風味と最後の樽の風味、それが他にない一杯の味を生む。
僕の今までの人生と彼女の今までの人生、上手く絡み合って1つになれるだろうか?

「マスターは・・・いや、いいです」

言いかけてやめた。

「まじめに誠実に、それが私のモットーです。」

マスターには僕の気持ちを見透かされているみたいだった。
グラスの琥珀色は複雑さを増しているみたいだった。

パリでの最後の夜はバーで締めようと思っていた。

「何処に行きますか?」
「ホテルを出たちょっと先に古くからやっているバーがあるのでそこへでも行きましょうか」

二人でサンジェルマンの街を歩き出した。
少し肌寒い感はあったが、ワインで火照った身体には心地よく思えた。
そのバーは古めかしい木の扉が凄く似合う外観だった。
中に入ると多くの地元の人たちが飲んでいた。
僕たちはテーブル席に座った。

「何を飲みますか?」
「シャンパンが飲みたいです。」

僕はバーテンダーにグラスシャンパンを2杯オーダーした。

「このツアーはどうでしたか?」
「思ったより楽しかったです。正直に言うとウィスキーの蒸留所ってあまり興味は無かったけど、
そこにロンドン、パリって面白いかもって参加したんです」
「楽しかったと言ってもらえて幸いです。」

二人のテーブルにシャンパンが運ばれてきた。銘柄はテタンジェだった。
彼女はシャンパン好きみたいで美味しそうに飲んでいた。

「竹原さんは何がお好きなんですか?」
「お酒は全般好きです。大学の時にバーにはまってしまって、お酒好きというより
バー好きですかね」

彼女がこんな表情が豊だったんだと思いながら話をした。

「でも、お一人での参加というのは勇気ありますね。」

彼女は少し戸惑う感じでうつむいた。
気まずさに次のオーダーをした。二杯目はサンジェルマンにした。

「サンジェルマンって何ですか?」

僕は話を変えるべくサンジェルマンの説明をした。

「へぇ~、ジンベースですか」
「僕はジンベースのカクテルが好きなもので」
その後はお互いどちらからともなく自分のことを話し始めた。

僕が恋愛映画好きで「ノッティングヒルの恋人」ファンだったのでロンドンでは
ノッティングヒルにホテルをとった事や、根っからのサッカー馬鹿だと言う事。
彼女は別れた彼氏を忘れるための海外旅行だった事や実は甘えん坊だということ。
時間はあっと言う間に過ぎた。

バーの雰囲気もよく、それが時間の感覚を鈍らせたのか、会話に夢中になったのかはわからない。

「時間も時間だし、最後に一杯飲んで帰りましょうか?」
「最後は何にしますか?」

二人は悩んだ。

「そうだ、お互いの好きな物でカクテル創ってもらいましょうか」
「それいいかも?じゃぁ、私はシャンパンで」
「僕はジンで!」

バーテンダーにそのむねを伝えた。
お互いワクワクしながらカクテルが出てくるのを待った。
数分後、テーブルに運ばれてきたカクテルはシャンパンかと思う外見だった。

「フレンチ75だって?」

お互い半信半疑で口をつけた。

「おいしい」
「ホントに、ジンが効いてる」

最後のカクテルが思わぬ物で二人は感動した。
まさに女性的なカクテルのネーミングだが、実は大砲の口径の事だと後で知った。
でも、二人にとってサンジェルマンで飲んだ「フレンチ75」は思い出の一杯になった。
僕は彼女に何だか暖かい気持ちを感じていた。  

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2008年04月04日

ダブルマチュワード-Port2

第一章 First Order ファースト・オーダー



彼とは、就職してすぐの頃、思いつきで参加したツアーで知り合った。
「ウイスキー蒸留所見学ツアー」という名の、スコットランド・ロンドン・パリ周遊の旅。
その組み合わせが珍しかったのと、ゴールデンウィークにまとまった休みがとれたので
直前になって申し込んだ。

目的は、愛した人のことを忘れるため。

実際には、そう間単に忘れられるようなことでもないと思っていた。

「ツアーコンダクターの竹原正孝と申します。」

成田でのこの出会いが、私を変えた。

ツアーには、同年代の女性がいなかった。それはそれでよかった。
性格もあるのだろうが、心に傷を負っていた私は当初、どこかで、すごく冷めていた。
最初は、参加者と距離を置くようにしていたが、子育てを終えた両親ほどに年の離れたご夫婦や
お酒を愛する気さくな方々と旅をともにするうちに、次第に心が軽くなっていくのがわかった。

スコットランドの大自然や、初めて味わうような出来立てのウイスキー
ロンドン・パブのワクワクするような活気、パリで体験した焼きたてのクロワッサン
濃厚なエスプレッソには胃を痛めたが、なにより彼の優しさが、シンプルに、
そしてゆっくりと、私を癒し、浄化してくれるように思えた。

そして一人っ子の私には、5つ年上の彼が、兄のように思えていた。
その安心感が、ときに私に勇気をくれた。

旅も後半になると、私はただこの旅を、できるだけ楽しもうとだけ考えるようになった。
ツアーの参加者とも、ベルボーイとも、ギャルソンとも、そして彼とも
自分でも驚くほど、素直にコミュニケーションをとれていた。

いつの間にか、無理をしなくなっていた。


―3つ離れた席に座っている男性の携帯が鳴って我に帰る。
目が合うと、少し申し訳なさそうに軽く会釈された。

「シャンパンはいいですね。」

しばらくしてその男性が、特別な棚にあるヴィンテージもののウイスキーのボトルを
眺めながらつぶやいた。急な会話の糸口もスマートに思える。

「そうですね。」

私はボトルキャップの向こうにぼんやり光る夜景から目を移すことなく、そう答えた。
それ以上の言葉は交わされなかった。男性もおそらく、察してくれたのだと思う。
バーという場所の空気を共有するための、暗黙のマナーなのかもしれない。

今夜の私は、ここで楽しく会話を続けられるほど大人でも子供でもなかった。
そのことを許容してくれるこの空間に、感謝していた。  

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2008年04月04日

ダブルマチュワード-Sherry2

第一章 First Order ファースト・オーダー



彼女とは、僕が企画したツアーで知り合った。
バー好きがこうじて「ウィスキー蒸留所見学ツアー」を企画し、その添乗員も勤めた。

スコットランドで蒸留所を見学し、ロンドンのパブを巡り、最後はパリでワインという企画だった。
企画はよかったが、蒸留所見学が予定より少なくなり苦肉の策でパブとワインをくっ付けた。

参加者は20名男性が中心だったが、女性も何人かいた。
その中に若い女性はたった一人彼女だけだった。

グループでの参加も多かったので、単独の若い女性参加の彼女には興味を引かれた。
ツアーコンダクターとして、一人での参加の方にも楽しんでいただく事も大切だと考え
何かにつけ彼女に接した。

最初にスコットランドで蒸留所を見学したあと、ロンドンでパブ三昧、そしてフランスはパリへ。
すでに出発から4日も経っていた事とロンドンパブでのエール三昧で参加者の皆さんと
大分打ち解けていた。

パリでは基本自由行動だったので、グループで参加の方はそれぞれのコースで
出かけていった。
私は定年退職の記念旅行で参加された年配の高橋ご夫妻と朝のカフェの後、
一緒に買い物に行くことになっていた。

「あの、竹原さん私もご一緒させてもらっていいですか?」

彼女からの申し出があった。

「どうぞ、私の案内でよろしければ」

彼女はすごく感じがよく、参加者にも人気だった。
僕たちは朝ごはんにカフェに行った。

「パリの基本はクロワッサンにカプチーノです。それで皆さんよろしいですか?」
「もちろんです。」

4人で旅行を振り返ったり、この後の予定を話したりしながら朝のひと時を過した。
おとなしめの彼女はさほど感情を見せる事は無かったが、時折みせる笑顔の奥の淋しげな
感覚が気になった。

「竹原さんはよくパリにはいらっしゃるのですか」
「パリは三回目です。僕はロンドンの方が多くて今回の企画は僕が立てたのですが、
パリに行きたくて無理やりねじ込みました。」

正直な方だと高橋夫妻は笑っていた。
オープンカフェから見える風景にはゴールデンウィークと言う事もあり日本人も多く見受けられた。

「鈴木さんはお買い物の希望はありますか?」
「せっかくなので、ブランドを見たいのですが・・・」

意外だと思った。てっきり何か可愛い雑貨のお店とか言われると思っていた。

「さやかちゃんはブランド好きみたいね。私と同じでよかったわ。」

高橋夫人がやさしい笑顔で言った。
言われてみれば、彼女の持ち物のあちこちにブランドのマークが踊っていた。

「では、パリでの買い物に当たってルールを、必ず挨拶をして入店してください。
そして他のお客様が居る時はこちらからは話かけない事、そして最後も挨拶です。
ボンジュールとメルシーです。」

僕はこれからのルートを説明した。メトロよりバスと船が便利なので観光ついでに
行くことを提案した。

「では、一日よろしくお願いします。」

その日は天気もよく、パリをみんな楽しんでいた。
凱旋門、エッフェル塔、サンジェリゼ通りと観光し買い物を楽しんだ。
高橋夫妻は本当にいい方で僕は仕事だという事を忘れるくらいだった。
ランチはセーヌ川のほとりのビストロで済ませた。

「何だか子供達と旅行してるいみたいで楽しいわ。」

高橋夫人は食後のエスプレッソを飲みながらいった。

「私も本当に楽しいです。」

彼女の笑顔がだんだん変わってくる感じがしていた。

「では、昼からは買い物三昧といきます。」
「竹原くんと私は荷物持ちだな、ハッハッハ」

高橋さんが大声で笑った。
僕達もつられて笑いあった。
ヴィトンにエルメス等など、ブランドショップを渡り歩いた。
僕は一応、仏語は出来るので通訳しながら付き添った。
彼女も少しは喋るようで悪戦苦闘しながらコミュニケーションをとっていた。

「それは彼女にですか?」

ポーチを見ていた僕に彼女が肩越しに話しかけてきた。

「いえいえ、妹にです」
「妹さんですか、やさしいお兄さんですね。」
「5つ下なんですが、うるさいんですよ。パリだと言ったらリスト渡されました。」
「5つ下ですか、私と同じ歳かな?一人っ子の私にはうらやましい話です。」
「鈴木さんみたいな妹だったらよかったですけどね」
「ツアコンってお世辞も言うんですね」

彼女の笑顔が明るくなっていた。

午後5時
そろそろホテルへ帰る時間だった。
僕達は沢山の紙袋をもってバスに乗った。

「今日は満足満足」

高橋夫人は笑顔で買い物したものを眺めていた。

「私も満足です。美味しい食べ物と観光に買い物、贅沢の極みです。」
「竹原君のおかげだよ」
「ありがとうございます。そう言ってもらえるとうれしいです。」

ホテルに戻ると僕はツアコンとしての業務に追われた。
午後7時に夕食、ホテルのレストランでのこのツアー最後の晩餐です。
皆がそれぞれ今日の観光の事を喋りながらワインを飲んでいた。
無事にツアーが最終日を迎えられて僕は少し安堵していた。

「皆さん、パリの夜はまだまだ長いですが、明日の集合時間だけはよろしくお願いします。」

夕食のあと皆、最後のパリの夜を満喫しに出かけた。

「竹原さん、この後はどうされますか?」
「明日の段取り確認したらバーにでも行こうと思っています。」
「ご一緒しても・・・」

彼女の笑顔は可愛くなっていた。  

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