ウスケバ・ロゴ ウスケバ・ロゴ ウイスキー造りに欠かすことの出来ない「水」そして「樹」。自然の力が生み出す「生命の水」。

2008年05月30日

ダブルマチュワード-Port10

最終章 Double Matured ダブルマチュワード


彼のいない右側には、かすかな香水の残り香だけが漂っていた。

マスターが、吸いかけのキャメルの置かれたバカラのアシュトレイを静かに下げた。
私は、おそらく捨て猫みたいな目をして、お水を出してくれたマスターを見上げた。

「大丈夫ですか?」

「大丈夫じゃないです。」

「さやかさん、このウイスキー、ご存知ですか?」

「見たことあります。たまに、彼が飲んでたやつですよね。」

「そうです。バルヴェニーという蒸留所の12年、ダブルウッドです。」

「ダブルウッド・・・。」

「ダブルマチュワードとも言います。これは、シェリーの樽で熟成させた後、
ポートの樽で仕上げてあるんです。」

「2種類の樽で・・・。」

「そうです。使う樽の個性が活かされて、様々な味わいのウイスキーが産まれます。
このバルヴェニー12年は、シェリーとポートの個性が溶け合い、絶妙のバランスで
活かされている、素晴らしいウイスキーだと思います。
樽のチョイスや熟成の期間、恋や結婚に通じるものがあるような気がするんです。」

「ウイスキーのことは・・・よくわかりません・・・。」

「竹原さん、この1杯にとても思い入れがあるようにお見受けしましたよ。
今夜も、大切に、飲んでいらっしゃいました。」

「もう、遅いです。」

「まだ、間に合いますよ。」

マスターはそう言って、まるで子供に贈るプレゼントみたいに
コートとマフラーを差し出した。

                                            <完>  

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2008年05月30日

ダブルマチュワード-Sherry10

最終章 Double Matured ダブル・マチュワード


外へ飛び出した。雪はさっきよりも重く、冷たく感じた。

何故、飛び出した。ここ数日、今日の事を考えてばかりいた。
彼女はきっとOKしてくれ、高い指輪をねだられるだろうと思っていた。
実際は彼女が一年もロンドンに行くという想定外の話だった。
怒りとも取れる感情が噴出した。こんな気持ちになったのは付き合いだして初めての事だった。
自分の思いをさえぎられた様な気がした。

いつもの僕なら「行っておいで、一年待ってるよ」と言えたに違いない。
結婚と言う言葉を口にした自分にとっては、受け入れがたい現実だった。

西麻布の交差点、愉快に笑う人々が気になっていた。
少し、歩いたおかげで気持ちが落ち着いてきた。
人間って後悔する動物だ。店を出てきた事に後悔していた。
一年は長いようで短い。

「結婚準備しながら待ってるよ」

そう言うべきだっただろう。
僕にとって彼女は何者にも変えがたい大事な存在。
わかっていて、素直になれなかった。いや、素直になってしまった。
それだけ彼女を愛していたのだろう。

店に戻りたかった。彼女はまだ居るだろうか?
『エンドスケープ~最後に見た風景~』皮肉な店名だな。
4年近く年月ではまだまだ足りないのかもしれない。
バルベニー12年 ダブルウッドの様に二つの樽の絶妙なマチュワードにはならなかったかもしれない。
でも、あと一年の月日は絶妙なバランスを生むかもしれない。
二人のダブルマチュワードは少し早すぎたのかもしれない。

僕と彼女はダブルマチュワードできるだろうか?シェリーとポートの個性の違いはいつしか最高の一杯になる。
人生には少し寝かせる時間が必要なのかもしれない。

「行っておいで、僕はさやかが好きだから・・・」

                                            <完>  

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2008年05月26日

ダブルマチュワード-Port9

第五章 Last Order ラスト・オーダー



ブルー・ムーンを飲み干すと、彼がマスターに目配せをした。
何か打ち合わせでもしていたのだろうか、まるでダイヤモンドみたいな『フレンチ75』が
2つのシャンパングラスに生まれた。コリンズでないところがとてもお洒落だ。

二人で過ごした1度目のクリスマスに、彼がこう言っていたのを思い出した。
「ダイヤモンド・フィズっていう別名もあるんだって。これ。」
あの頃は、もうそれだけでワクワクしていたけど、今の私にはその煌きが切ない。
乾杯をして、ごく薄いクリスタルに口をつけた。

「結婚しようか。」

リフレインの中で、彼の言葉を現実のものとして受け止めようとした。
それだけで精一杯で、返す言葉が見つからなかった。
しばらく間をおいて、何もなかったみたいにして、私はロンドンに行く話をした。
彼はかなり驚いている様子で、珍しく狼狽していた。

それからしばらくは、何故ロンドンなのか、何故この時期なのか、何故行きたいのか
闇雲に一人で話し続けた。今の状況を話してからじゃないと、結婚のことは考えられない。
私にとっても、彼にとっても大切なことだと思ったから。
彼はその間、たぶん20分くらい、ずっと黙って私の話を聞いていた。

ロンドンに行くことを理解してくれるとも思ったし、賛成してくれると思っていた。
不安だったのはむしろ、あまりに簡単に「行っておいでよ。」と言われること。
1年も離れるなんて寂しい・・・と思ってくれないこと。

反応は予想とは逆のものだった。
フレンチ75にはもう、ダイヤモンドの輝きが失われていた。

バーは金曜日の賑わいに華やいでいる。
二人の間には沈黙とキャメルの煙しか無かった。



「話はわかったよ。」

「わかったって、何が?」

「さやかは行きたいんだよな。それで、どうする?」

「どうするって・・・。」

転びそうになると、いつもその前に助けてくれた。
道に迷ったら、さりげなく方向を示してくれた。
優しくて、穏やかで、温かくて、大きかった彼はここにはいない。

心のどこかで、

「1年なんて、あっという間だよ。さやかが帰ってくるまで待ってるからさ、
結婚の返事はそれからでもいいし、でも今、婚約っていう形になれば、
それが一番だけどね。」

そう、言ってほしい気持ちが生まれていた。

それからまた、別のところで、

「1年がんばってくるから、まーくん浮気しないで待っててよ。
1年後に成田まで、ティファニーのダイヤリング持って迎えに来てくれたら
結婚、考えてあげてもいいよ。」

と、無邪気に言えない自分が歯がゆくもあった。

「結婚はできない、ロンドンに行くから、それを伝えて別れ話でもするつもりだったのか。」

その彼の、思いもかけないセンテンスにより、
私は初めて、涙を伴わない深い深い哀しみという感情があることを知った。
と同時に、今までどれだけ彼に甘えてきたか、わがままを言ってきたかが思い起こされ
申し訳ない気持ちにもなった。
5つも年上で、責任のある仕事を任されて、誰からも好かれる彼を、尊敬すらしていた。
そのことが、もしかしたら彼に無理をさせていたのかもしれない。

私は、もうすぐ4年になる彼とのつきあいの中で、今ほど彼を近くに感じたことはなかった。
すぐにそれを伝えることができない。あまりの哀しみと後悔に途方に暮れるしかなかった。

彼は黙って席を立ち、会計を済ませて「エンドスケープ」を後にした。

スクリーンには、エンドロールが流れていた。

―『My Funny Valentine』

私は最後まで、彼にとっての「かわいい彼女」にはなれなかった。  

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2008年05月26日

ダブル・マチュワード-Sherry9

第5章 Last Order ラストオーダー



マスターに合図をした。
いよいよその時が来た。
二人の前に2つのシャンパングラスとテタンジェが置かれた。
サンジェルマンのあのバーで見た風景と同じだ。

「何、いったい?」
彼女は驚いた様子で僕を見た。

「いいから、いいから」
目の前でバーテンダーがよく冷えたジンをシャンパングラスに注いだ。
とろ~とボトルから流れ落ちるジンは何とも美味そうだった。
テタンジェのコルクをゆっくりと開ける。音が鳴らないようにガスを抜く。
フランスではコルクを抜く時に音がなるはもっとも下品な事だという。
ジンに合わさるシャンパン「フレンチ75」
彼女との思い出のカクテル

「これを初めて飲んでから、もうすぐ4年だね」
グラスの中には思い出という無数の泡が立ち上っているようだった。
「今日はどうしたの?何だかおかしいよ」
おかしくもなる。何せ生まれた初めての事をしようとしているのだから。
言葉を口にしようとするが、なかなか言えない。
どうしてだろう?迷ってる?
いや、単に緊張しているに違いない。言葉にした瞬間後戻りは出来ない。
生か死か、それとも明か暗か?

大学の時に付き合っていた彼女に「結婚しよう」と言った事がある。
その時は、ただ好きだという感情からだけだった。
後先なんて考えてなかった。
その時、彼女に言われた。
「結婚てそんなに簡単なの?」
簡単。そりゃそうだ!簡単なんかじゃない。
その時の僕にはわからなかった。でも、今はわかる気がする。さやかと出会ってからは。



フレンチ75を口にした。ジンの香りに混じってぶどうのかすかな香りが鼻腔を刺激する。
心が落ち着いた気がした。
彼女の横顔を覗き込んだ。23時を過ぎた週末の店はにわかに賑っていた。

「さやか、話しがあるんだ」
僕は彼女の方を向いた。
「もうすぐ4年になるね。さやかと出会えた事で僕は大人になれた気がする。」
彼女が身構えた気がした。

「さやか、結婚しないか」

考えていたセリフではなかった。
彼女がロングヘアーをかき上げて、グラスを見つめた。
今日、ここへ来るまでに何度も創造した光景ではなかった。
僕には彼女が困った表情に見えた。
まさかの沈黙に僕も絶句してしまった。
時が止まったようだった。

「私も話があるの」

心臓の鼓動が早くなっていくのがわかった。

「4月からロンドンに行く話しがあるの。」

言葉が出なかった。急に酔いが回ったみたいに身体が熱くなった。
彼女はおとといロンドンに行く話しが上司からあり、自分は行ってみたいと告げた。
期間は一年間。
黙って話を聞いていた。
彼女にとっての僕の存在は何だろう?
僕にとっての彼女は愛しく大事な存在!
氷を割る音が響いていた。
言いたい事を飲み込むのに必死だった。口に出せば余計な事まで言いそうで怖かった。
彼女は僕を見ようとはしなかった。
何故、今の時期に海外なんだ!
止め処も無く色んな感情が噴出していた。
自分がいやな男になっていく感じがしていた。

「話はわかったよ」
もうこれ以上は聞きたくなかった。
「さやかは行きたいんだよな。それでどうする?」

プロポーズの場は一転して、別れ話の様相に変わった。
一年は長いか短いかは実際になって見なければわからない。
ロンドンに行くという事が、どうのこうのでは無い。
どうして今日のこのタイミングなんだ。どうにもそれが引っかかっていた。
彼女も困惑しているのがよくわかった。
いつもの様に彼女を包んであげれる余裕が僕には無かった。

「結婚は出来ないって事か?ロンドン行くからそれを伝えて別れ話でもするつもりだったか」

いやな男に成り下がっていく。
もう自分の感情が抑えられなくなっていた。
火をつけたタバコを吸う事も忘れていた。
これ先に彼女の口から漏れる言葉が聞きたくなかったのか、身体は勝手に席を立っていた。
会計を済ませた。
「マスター、ごめん。あと頼むね」
いきなりの行動に困惑気味のマスターに声をかけて店を後にした。
店内には人々の会話に混じって「マイファニーバレンタイン」が流れていた。

  

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2008年05月18日

ダブルマチュワード-Port8

第四章 Fourth Order フォース・オーダー



出会った頃、カクテルをあまり好まなかった私にとって、彼はカクテルの先生でもあった。
私は、特段ジンベースのカクテルが好きになった。
きっかけは、サンジェルマンでの彼との『フレンチ75』。
ジンとシャンパンの組み合わせなんて、初めは考えられなかったけど
飲んでみたらすごく美味しかった。

スノッブに輝くシャンパンの華やかな香りに、クールなジンの芳香が自然となじむ。
それぞれが、それぞれの成り立ちで産まれ、全く別の個性を持っているのに。
出会いのときの煌きが、『フレンチ75』そのもののように思えた。

あれから4年が経とうとしている。

ほどなくして、ヴァイオレットに光る宝石みたいなカクテルがそっと出された。
一瞬、左手の『ピジョン・ブラッド』が、その光に照らされて蒼く見えた気がした。

ブルームーンは、その深く朧げな色合いと媚薬のようなほのかな甘みに、
涙のような酸味が加わって、とても幻想的なカクテルに思える。

このオーダーには特に深い意味は無いような気もするし、あるような気もする。
どっちつかずの私に、彼が嬉しそうに話し始めた。

「来月から本社に戻ることになったよ。一応、栄転だよ。」

「そうなんだぁ!おめでとう。」

「給料も少し上がるんだよ。」

「やったね。」

彼にとっても私にとっても、嬉しいニュースだった。
ずっと本社勤務をねらっていたのも知っている。
転職して、いろんな苦労もしてきただろう。この数年は、本当にがんばっていた。

一方で、これから話さなければならない、私のニュースはどうなんだろう。
嬉しいニュースでもあり、嬉しくないニュースでもある。
次の言葉が見つからなくて、店内のスクリーンに目を移すと、
今まで観たどの時よりも綺麗なミシェル・ファイファーが、ロングドレスを着て歌を歌っていた。

「『恋の行方』ですね。」

マスターがグラスを拭きながら、ひとりごとみたいにそう囁いた。

シガーの香りが強くなってきたその時、どこかで携帯の着信音が鳴り響いた。

私は次の言葉の用意が出来た気がした。  

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2008年05月18日

ダブルマチュワード-Sherry8

第四章 Fourth Order フォース・オーダー



そういえば、今日はジンを飲んでいない。
ジン好きの僕とシャンパン好きな彼女が出会って飲んだカクテルがフレンチ75
なかなか運命的だと思うのは僕だけだろうか?

「いらっしゃいませ」

扉から見えた顔は彼女だった。
僕は軽く手を上げて笑った。
自分の気持ちが高揚していくのがわかった。
大またで歩いてくる彼女を僕は見ていた。
4年で綺麗になったなぁと思っていた。

「お疲れ」
「早く来てたの?」
「さっきだよ」

少し暗い表情の横顔が気になった。

「グラスもう入ってないよ」
「さやかは何飲む?俺はジンリッキーもらおうかな、少しパルフェタムール垂らしてもらえる」

僕なりのメッセージだった。

「今日はおしゃれだね。私はブルームーンください」

おいおい、知らないにしてもそれは無いだろう。
ブルームーン、出来ない相談
少しテンションが下がった。今からの話の腰を折られた感じだった。
お互いに違う意味のカクテルを飲みながら、少し話しをした。
どのタイミングで切り出そうかと考えていた。

「来月から本社に戻ることになったよ。一応、栄転だよ」

彼女の指に光る指輪を見ていた。誕生日に買ったものだった。
今振り駆れば、よくおねだりされたものだ。
なんだかんだと記念日にはこれがいいとかあれがいいとかね。
特にわがままだと思った事はない。
彼女におねだりされる事は、何だかうれしく思う事も多かった。
本当は指輪を用意しての話にしたかったが、好みに合わないといけないので後に買うつもりにしていた。

「給料も少し上がるんだよ」

お互いのグラスは残り少なくなっていた。
そろそろ本題に入ろうとじっと彼女の横顔を見ていた。
  

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2008年05月09日

ダブルマチュワード-Port7

第四章 Fourth Order フォース・オーダー



「いらっしゃいませ。」

扉を開けるとマスターが微笑んだ。気配を察して、彼が振り返った。
軽く手を上げて、優しく迎えてくれる。いつもと変わらない彼がそこにいた。

シガーの香りがほのかに漂っている。ここに来ると、ちょっと背伸びをしてしまう。
そう、バーは背伸びをさせてくれる空間でもあるのかもしれない。

私は、エントランスでファー付のコートと、白いマフラーをマスターに預かってもらい
ゆっくりと歩いて彼の左に座った。何故か膝がふるえているのがわかった。
この寒さのせいだけじゃないような気がした。

彼のグラスは空いていた。
ジャケットを脱いだタイトなベスト姿の、肩のラインにしばし見とれる。
今夜は少しお洒落してるみたい。
チェックのシャツにチェックのネクタイを合わせるなんて、なかなかできないと思う。
大人の余裕・・・かな。
人当たりが柔らかくて、嫌味が無くて、余計なことを言わないさわやかな彼だから
さらっとできて、その上似合うコーディネートなのかもしれない。

それだから、きっと、モテるんだ。

「次は? 何頼むの?」

「ジン・リッキーにパルフェタムールを少し落としてもらうよ。」

パルフェタムール、「完全な愛」という意味のリキュール。
こういう頼み方ができるのも、やっぱり大人の余裕?
冷めてるわりには、こういうのが嫌いじゃない私のことをよくわかってる。

今夜の彼は、何故かいつもよりご機嫌だ。
きっと仕事がうまくいっているのだろう。
そんな彼を見ていると、私は余計に憂鬱になってきた。

「ブルームーンをください。」

彼が怪訝そうな顔をしているのがわかる。見てはいないけど、なんとなくそう思った。

-ブルームーンには、「出来ない相談」っていう意味もあるんだ。

いつか彼がそう教えてくれた。
このオーダーに深いメッセージを込めたつもりは無い。
あるとすれば、これから伝えなければいけない話を、彼が理解してくれるかどうか
不安な気持ちがそうさせたのかもしれない。

「出来ない相談」は、もしかしたら私にとってのではなく、彼にとっての。  

Posted by novelist at 01:00Comments(2)PINOKO

2008年05月09日

ダブルマチュワード-Sherry7

第四章 Fourth Order フォース・オーダー



タクシーを降りると雪がチラチラ降っていた。
寒いのは好きではないが、やっぱり冬は雪が降らないと感じが出ない。
「雪か・・・」

「いらっしゃいませ」
エンドスケープは賑っていた。店内にはシガーの香りが漂い僕の鼻腔をくすぐった。
「待ち合わせですか?」
「ああ、彼女とね」
オーダーを考えていた。彼女を待つまでの時間の最後の一杯になるはずだ。
すでに3杯飲んでいるし、酔った勢いでする話でもない。
「シェリーソーダをください。」
最後に気持ちを整理していた。
ソーダの立ち上る泡は心を落ち着かせた。
「今日はテタンジェ有る?」
「ご用意してますよ。」
「後でそれでカクテルお願いしたいんだけど」
「喜んで、フレンチ75ですね。」
すこし、さっきアマレットを飲んだ事を後悔していた。

「アマレットって友達以上恋人未満って意味があるんだって」
「ヘルメスってリキュールは商業旅行の神様って意味あるんだよ」
お互いに知ってる知識の言い合いだった。
バーに通いだすとそういった雑学も増えていく。
「お酒って楽しいよね。それぞれ意味があったり、色んな逸話があったりして」
「それを考えて飲むとまた違った感じになるね」
二人のバーでの会話はいつも弾んだ。
彼女の機嫌が悪い時もバーで飲んでると自然と治っていた。
バーという空間とお酒は大事なアイテムだった。
「ねぇ、あれ何て読むの?」
「パルフェタムールだよ」
「何?」
「すみれのリキュールだよ。一昔前は人気のリキュールだったみたいだよ」
「意味あるのかな?」
「さぁ?」
二人の会話を聞いてバーテンダーが教えてくれた。
「フランス語でパーフェクトラブ、完全な愛という意味です。17世紀には媚薬酒として売られていたらしいですよ。」
彼女は目をまん丸に見開いて聞いていた。
「お洒落な話ね。じゃぁ、それでカクテルお願いします。」
無邪気な彼女に僕は笑顔だった。
「ブルームーンです。一番有名ですかね」
「何が入っているの?」
「ジンとレモンと媚薬酒です。」
「ジンなんだ、まさくんも飲めるよ」
「ただ、出来ない相談という意味があります。」
彼女は驚いたようにグラスから一瞬はなれた。
「全然意味が変わるのね」
バーにいる時間は楽しいひと時だった。
  

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2008年05月03日

ダブルマチュワード-Port6

第三章 Third Order サード・オーダー



「ごちそうさまでした。実は今から、彼と会うんです。ちゃんと話すつもり。
今のところロンドンに行く方向で。」

「そうなんですね。寂しくなりますけど、1年なんて、すぐですよ。」

遠藤さんは、優しく微笑んで見送ってくれた。
通りは、さっきより数段冷たくなっていた。
22時28分発の私を乗せた地下鉄は、銀座に心を置き去りにしたまま、
淡々と、1秒の狂いも無く、冷静に進んでいるように思えた。

階段を昇って外へ出ると、金曜日の六本木には雪が舞っていた。
粉のように小さく、今にも消えてしまいそうな雪が、
きらびやかな東京の夜に落ちてくる。

人ごみを避けるようにして、左手に六本木ヒルズを見ながら西麻布まで歩く。

ジュエル・ロブションのランチは、二人のお気に入りだった。
日曜日に休みが合うと、昼間からシャンパーニュを楽しんだ。

2階のバーでは、びっくりするほどの大きなグラスで出てくるマティーニを、
ニューヨーカー気取りで、笑いながら飲んだ。
彼が、ドキドキするような葉巻やカルヴァドスを教えてくれたのも、そのバーだった。

ティファニーではよく、シルバーをねだった。
彼は記念日にうとい。大抵の男の人はそうなのかもしれないし、特に不満に思ったことも無いけど
彼を強引に誘って、「何月何日は何の日だから、これ買って。」と、わがままを言ったりもした。
去年の私の誕生日は、彼はイタリア、私はアメリカという長い距離を隔てて迎えた。
「お互い、仕事だから、しょうがないね。」
そう穏やかに言える彼が、頼もしくもあり、寂しくもあった。

ショコラのお店では、彼があまりにも入念に、私以外の女性へのバレンタインのお返しを
選ぶことに機嫌を損ねて、そのまま一人で帰ってしまったこともあった。

つい最近、ミシュランの一つ星をとったお蕎麦屋さんにも、行かなきゃねと
話していたけど、二人の毎日はそれぞれに忙しく、
もうしばらくの間、デートらしいデートをしていない。

何故か全てが過去形になる。
これからのことが、見えてこない。

私は、彼にとって、どういう存在なんだろう。
彼は、私にとって、どういう存在なんだろう。

いろいろなことを考えながら、雪の舞う六本木を7・8分歩く。
西麻布の交差点から少し脇に入ると、控えめな看板が見えてくる。

ゆっくりと扉を開ける。
そこはエンドスケープ、「最後に見た風景」という意味を持つ、二人にとって思い出のバー。  

Posted by novelist at 01:00Comments(4)PINOKO

2008年05月03日

ダブルマチュワード-Sherry6

第三章 Third Order サード・オーダー



アマレットの甘い香りが僕を落ち着かせた。
時計を見ると9時を回っていた。
「マスター、チェックおねがいします。」
「案ずるより生むが安しっていいますから」
マスターなりのエールだった。
「また、報告しに来ます。」
僕は笑顔で店を出た。寒さは本気モードで襲い掛かってきた感じだった。
タクシーに乗り込んだ。
「西麻布の交差点までお願いします」
車窓からは金曜日で賑う街が続いていた。

「まさくんは淋しくないの!」
付き合いだして2年を過ぎた頃だった。
会社の研修でアメリカに2週間行くという彼女がいきなり怒り出した。
「淋しいけど、研修だろ?それに二週間じゃないか」
「彼女が二週間もアメリカに行くっていうのに・・・」
彼女は僕の事をまさくんと呼ぶ時は甘えたい時、人前では正孝と呼ぶし、たまにはマーくんって呼ばれる事もあった。
「いつも、さやかには添乗行ってる時に淋しい思いさせてるから、ここは我慢しないとと思って・・・」
「わかればよろしい、でもその間に添乗でアメリカとか入れれないの?」
「ん~、LAやニューヨークなら可能性はあるけど、シリコンバレーは難しいかな」
彼女はちょっとふくれて見せた。やたらと今日は機嫌が悪い。
「毎日メールするよ。美味しいバーボンでもお土産に買ってきてよ」
「行ってる間に浮気は許さないからね」
「さやか嬢にぞっこんなのはわかってるでしょう」
少し機嫌が治った。
こういう彼女は愛しく思えるのは僕が大人になったからだろうか?
彼女の仕事は順調で最近は勢力的だった。見た目もキャリアウーマンを思わせるほどきりっとしてきていた。
少しずつ、外見は大人になっていく彼女。その反面、変わらない内面に僕は安堵していた。
そのころから添乗よりも内勤が多なり、彼女の方が海外出張などで居ない時が多くなった。
逢えない時間が愛育てる。何か歌の歌詞みたいだけど、本当にそうだった。
僕は彼女が大切で大切でしかたなかった。  

Posted by novelist at 00:00Comments(0)NH